大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成11年(ネ)1882号 判決 2000年2月03日

控訴人 カールスルーエ保険株式会社

右代表者代表取締役 ヘルベルト・ライター

右訴訟代理人弁護士 森澤武雄

同 千葉恒久

被控訴人 A野太郎

右訴訟代理人弁護士 工藤舜達

同 前川紀光

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対して、別紙物件目録記載の自動車一台を引き渡し、平成八年七月二四日から右引渡済みまで一年当たり一〇〇万円の割合による金員を支払え。

三  右二項の引渡し執行が不能となったときは、被控訴人は、控訴人に対して右引渡しに代えて二〇〇万円を支払え。

四  控訴人のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを三分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

六  この判決の二項及び三項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対して、別紙物件目録記載の自動車(以下「本件自動車」という。)を引き渡し、平成八年七月二四日から右引渡済みまで一年当たり一〇〇万円の割合による金員を支払え。

3  被控訴人は、控訴人に対して、本件自動車につき所有権移転登録手続をせよ。

4  右2項の引渡し執行が不能となったときは、被控訴人は、控訴人に対して右引渡しに代えて八〇〇万円を支払え。

5  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、ドイツ連邦共和国(以下「ドイツ」という。)に本店を置き保険事業を営む株式会社である控訴人が、イタリア共和国(以下「イタリア」という。)で盗難に遭った顧客の付保自動車につき、保険約款に基づき保険代位により所有権を取得したところ、国際捜査の結果により、日本で輸入車として販売され被控訴人が購入していた車両(メルセデスベンツ)が右盗難車と同一であることが判明したとして、被控訴人に対して、その所有自動車の返還等を求めた事案である。

二  争いがない事実等及び主たる争点(当事者の主張を含む。)については、次のとおり補正、付加するほか原判決の「事実及び理由」欄の第二の一及び二と同じであるから、これをここに引用する。

1  補正

原判決四頁八行目の「占有し、」の次に「日本国の」を、同一〇行目の「本件自動車の」の次に「外形的権利の」を、同八頁五行目の「本件保険車両」の次に「ドイツにおいて本件保険車両を保有使用していた訴外コンラート・シュミットとの間で、」をそれぞれ加え、同九頁八行目の「また、」から同一〇頁一行目末尾までを削り、同九行目の「善意取得」の次に「(以下『即時取得』ともいう。)」を、同一一頁一行目の「仮に」の次に「被控訴人が本件自動車を購入した」をそれぞれ加え、同一四頁七行目の「太田茂」を「日本で本件自動車につき新規登録をした太田茂」に改める。

2  当審における新たな主張

(一) 控訴人

(1) 即時取得の成否についての準拠法

船舶、飛行機、自動車などの越境して移動する動産に関する物件の成立、効力は、登記・登録地法(旗国法)によるというのが学説上ほぼ一致した見解である。法例一〇条は物権の準拠法を「物の所在地法」と規定するが、船舶、飛行機又は自動車に関しては、他の物権と異なり、登記・登録の制度が整備され、登記・登録の地を基点として移動を繰り返すから、現実の所在地ではなく、登記・登録の地の物権法に準拠するのが相当である。

本件自動車は、ドイツにおいて登録され、ドイツを基点として移動使用されていたのであるから、たまたまイタリアで盗難に遭い、その後日本に運び込まれるという経過をたどっているとしても、物権的引渡請求権の準拠法は、ドイツ法によるべきである。なお本件自動車は、日本においても二重に登録されていることとなるが、ドイツ法においては、本件自動車などのように盗難によって占有を離脱した物については、公的競売の場合を除き、即時取得の適用の余地は一切ない(ドイツ民法九三五条)。また、日本法では、登録自動車の即時取得を認めていないから、ドイツ法の結論と同一である。

(2) 不当利得返還請求権の準拠法

法例一一条は、「原因たる事実の発生した地の法律」によるとしているから、本件自動車が占有されている日本法によって、本件自動車の不当利得返還請求権の成否が決定されるべきである。

(3) 本件自動車がイタリアで盗難に遭ったことはドイツ司法当局が認定している事実であり、疑う余地はない。本件自動車は盗難車であり、ドイツ法上、即時取得の適用がないとされている。

(二) 被控訴人

(1) 自動車には、船舶、航空機とは異なり、いわゆる「浮かぶ領土」の概念は必要なく、旗国の観念がない。自動車の内部は、船舶、航空機と異なり、その国の領土の延長と同じであると考えることはできないのである。自動車と船舶又は航空機とは性質が異なり、自動車に登録地法を準拠法とする余地はない。したがって、本件自動車には、法例一〇条により、その物理的な所在地である日本の法律が適用される。

(2) 法例一〇条一項は、動産の物権は「所在地法」によるとし、同条二項は、物権の得喪(変動)については、「その原因たる事実の完成した当時における目的物の所在地法」によるとしている。即時取得は、物権の得喪に当たるから、同条二項の規定により、即時取得が完成した当時の本件自動車の所在地である日本法の適用を受けることとなる。

(3) 仮に、本件自動車の物権的請求権についてドイツ法が適用されるとしても、本件自動車がシュミットのいうとおり、イタリアで盗難に遭ったという事実はこれを認定することができない。すなわち、被害者シュミットの供述は狂言である可能性があり(したがって、その同伴者の供述も信用することができない。)、フライブルク警察は、窃盗のほか、保険金詐欺事件として捜査を進めていたのである。そうすると、盗難に遭った車両であることを前提にドイツ法を適用することはできないこととなる。

(4) 被控訴人は、本件自動車を即時取得している。日本における外国車の並行輸入業者は、輸出国業者からのインボイス(荷送状)と船荷証券を取得するのみであり、輸入車両の譲渡証書、車検証を取得することはないのが一般的取引慣行である。したがって、株式会社インターオート(以下「インターオート」という。)に本件自動車輸入において過失があるということはできず、有限会社仁方モータース(以下「仁方モータース」という。)、株式会社興成自動車(以下「興成自動車」という。)についても同様であり、日本で新規登録をした太田茂が新規登録に必要な「譲渡証明書」「自動車通関証明書」「自動車予備検査証」を取得すれば、当然に無過失と認められるべきである。

また、仮にドイツ法の適用があるとしても、ドイツの裁判例においては、登録自動車に対しても「車両証書」の取得があれば、即時取得の余地がある。右のドイツ判例を適用する場合においては、日本の取引慣行に即して適用すべきである。日本の輸入業者とその取引業者は、「譲渡証明書」「自動車通関証明書」「自動車予備検査証」を取得して取引をしているから、ドイツ判例にいう「車両証書」の取得があると認めることができ、本件自動車についてはドイツ法によっても、即時取得が認められる。インターオートが輸入したアラブ首長国連邦のアイデアル社は、所轄の警察署に車検証を提出し、所轄警察署は同社の所有であることを認証しているのである。被控訴人が主張する本件自動車の即時取得は、日本における登録が実体に反して無効である場合においては、その占有の公信力によることとなるから、即時取得が成立することは明らかである。

(5) インターオートに即時取得が成立するほか、その後の被控訴人に至るまでの中間の譲受人についても、それぞれ即時取得が成立するから、控訴人が過失を主張するのであれば、本件自動車の輸入と国内販売に関与した者、すなわち、アラブ首長国連邦のアイデアル社から並行輸入したインターオートのほか、仁方モータース、興成自動車、太田茂、株式会社ヤナセ(以下「ヤナセ」という。)、株式会社オートピア・ナカジマ(以下「オートピア・ナカジマ」という。)及び被控訴人の全員の過失が立証されなければならない。

第三当裁判所の判断

一  本件に関する国際民事訴訟裁判管轄について(争点1)

本件は、外国法人である控訴人が本件自動車の所有権を主張して、現在日本において日本人が占有している自動車の引渡し等を請求するものであるが、国際民事訴訟法上の条理に従えば、相手方となるべき被控訴人が居住し、引渡しの対象物たる自動車が存在する日本の裁判所に裁判管轄権を認めるのが相当である。被控訴人は、相手方たる控訴人が外国法人であることから、控訴人の資格証明書等を入手するのに困難があるとか、被控訴人からする上訴の手続が困難になるなどという理由で、本件訴えが国際民事訴訟裁判管轄を欠いたものであって不適法であると主張するが、これらの点は国際民事訴訟裁判管轄権の所在を決定する要素となるべき事由とはいえず、いずれも失当である。

二  控訴人の日本法上の権利能力及び訴訟能力について(争点2)

外国法人は、これが商事会社であれば、民法上当然に日本における法人格が承認され、日本法上の法人と同様の権利能力、訴訟能力等を有するものである(民法三六条)。《証拠省略》によれば、控訴人はドイツ法に基づいて設立され本店をドイツ国内に置く外国法人であり、自動車保険等の保険業務を行う商事会社であることを認めることができるから、控訴人は、民法三六条により、日本法上も法人格と法人能力を承認すべき外国法人であると認められる。したがって、昭和三年四月一四日の日独通商航海条約の締結、批准をいうまでもなく、その国内法としての民法は、商事会社たる外国法人の法人格と訴訟能力を承認しているのであるから、この点に関する被控訴人の主張は失当である。

三  控訴人による本件自動車の所有権取得(争点3)

損害保険契約による保険対象物等の権利の代位取得の問題は、法例七条二項により、保険契約締結地法が準拠法となる。

《証拠省略》によれば、ドイツ在住の訴外コンラート・シュミットは、本件保険車両をリース会社からリース契約により取得し、平成三年三月二九日にイタリアのガルダで本件保険車両の盗難に遭ったとして、自動車保険契約の保険者であった控訴人に保険金の支払請求をし、ドイツ会社である控訴人は、リース会社とコンラート・シュミットに保険金を支払ったこと、右自動車保険の保険約款によれば、盗難等の理由により保険契約に従って保険会社が保険金の支払を行った場合には、その支払から一か月以内に盗難対象物が戻らない場合には、保険会社が車両の所有権を取得する旨が定められていることが認められる。したがって、控訴人が保険金の支払により本件自動車の権利を取得するか否かは、ドイツ法を準拠法として判断されるところ、同国の保険に関する法が右の保険約款条項の効力を否定しているものとは認められず、《証拠省略》によれば、本件保険車両について所定の保険金を全額支払ったと認められる控訴人は、右の保険約款の規定により、本件保険車両の所有権を取得したものと認められる。被控訴人は、本件保険車両がガルダで盗取されたというコンラート・シュミットとその同伴者の各供述は信用できないと主張するが、本件全証拠を総合しても、右シュミットらの供述の信用性を否定すべき反証はないから、本件保険車両は、平成三年三月二九日にイタリア共和国のガルダで盗難に遭ったものと認定するほかはない。右シュミットらが本件保険車両を他に譲渡しながら盗難に遭ったと称して保険金詐欺を働いたという明確な証拠はない。

四  本件保険車両と本件自動車との同一性について(争点4)

《証拠省略》によれば、本件保険車両は、登録番号・HU―WE六六六、車名型式・メルセデスベンツ五〇〇SL、車台番号・WDB一二九〇六六一F〇〇二三九三、エンジン(モーター)番号・一一九九六〇一二〇〇一七一一、トランスミッション番号・七二二三五三〇三二七五〇三一であり、被控訴人が現在占有する本件自動車は、登録番号・春日部《番号省略》、車名型式・メルセデスベンツ五〇〇SL、車台番号・WDB一二九〇六六一F〇二一二六九、エンジン(モーター)番号・一一九九六〇一二〇〇一七一一E一〇〇、トランスミッション番号・一二九二七〇〇二〇一一七二二三五三〇三二七五〇三一であることが認められるから、本件自動車と本件保険車両とはエンジン(モーター)番号の上一四桁が一致しており、トランスミッション番号の下一四桁が一致していると明らかに認められる。また、ドイツのフライブルク警察署から控訴人に送付された捜査記録である《証拠省略》によれば、ヨーロッパの車両窃盗団は、盗取した車両の車台番号にWDB一二九〇六六一F〇二一二六九を繰り返し使用して車台番号を偽造し、輸出販売ルートに乗せていたことが認められるところ、本件自動車の車台番号のWDB一二九〇六六一F〇二一二六九も右と同一番号であり、下五桁の二一二六九の五桁を除くその余の番号は契約時の本件保険車両と一致しているから、本件自動車の車台番号は、本件保険契約時の車台番号であるWDB一二九〇六六一F〇〇二三九三をWDB一二九〇六六一F〇二一二六九に改ざん偽造しているものと推認される。したがって、本件自動車の車台番号は、本来は本件保険契約時の車台番号と一致していたと認められ、したがって、エンジン(モーター)番号の上一四桁、トランスミッション番号の下一四桁の各一致と車台番号の一致により、控訴人が盗難にあったと主張する本件保険車両と本件自動車は同一自動車であると認めるのが相当である。

したがって、控訴人は、保険約款の規定により、本件自動車の所有権を取得していると認めることができる。

五  被控訴人の即時取得の成否の準拠法(当審における争点)

1  前述のとおり、本件自動車の所有権は、控訴人が保険代位により取得したと認められるが、《証拠省略》によれば、本件自動車はドイツにおいて既に登録されているところ(登録番号HU―WE六六六)、控訴人の本件請求は、所有権に基づく返還請求権であると解されるから、ドイツ法人のドイツ登録車両の所有権に基づく返還請求権の準拠法が問題になる。法例一〇条によれば、動産に関する物権はその所在地法により(同条一項)、その物権の得喪(変動)はその事実が完成した当時の所在地によるものであるが(同条二項)、自動車はもともと広範囲に移動することを予定した動産であって、移動する時々の所在地の法律を適用するものと解するのは相当でなく、登録地での長期間の不使用、不在や権原のある者による新たな登録等により登録地への復帰可能性が事実上消滅したとみるべき事由があるなどの特段の事情がない限り、原則としてその自動車が本来の使用の本拠として予定している一定の中心的場所すなわち復帰地(登録地)をもってその所在地と解するのが相当である。前記認定のとおり、本件自動車は、物理的には現在日本に存在するが、国際的自動車盗難事件に遭い、短期間のうちにその所在や外形的権利者が複数の国を転々として異動した可能性があり、ドイツの正当な所有者のもとへ復帰すべき可能性が消失してしまったとみるべき事由が明白であるとはいえないうえ、高額自動車の国際的窃盗及び故売が横行している現状にかんがみれば、即時取得や外国における自動車の二重登録等の法制度の悪用による盗難車のローンダリング(洗浄)を防止する必要もあり、自動車の物理的所在のみで所在地法を決定するのは相当でなく、本件自動車は、ドイツに居住すると認められるコンラート・シュミットがリースにより保有しドイツにおける自動車登録者として、その生活に使用していたものと認められるから、本件自動車はドイツを中心とし、そこを復帰地として利用されていたものであると認められる。したがって、本件自動車の物権の内容、性質等に関しては所在地法をドイツ法と解し、これに準拠すべきこととなる。

2  被控訴人は、本件自動車の所在地は、物理的に日本であり、その物権に関する法律は日本法を適用すべきであると主張するが、前記認定のとおり、動産である自動車の特殊性にかんがみ、その復帰地をもって法例一〇条に規定する所在地と解すべきであるから、右の主張は採用することができない。

3  そして、前記認定のとおり、控訴人は、ドイツ法の下における保険約款により、本件自動車の所有権を取得していると認められるから、ドイツ法による本件自動車の返還請求権を取得していると認めることができる。

4  本件自動車の即時取得について

右のとおり、本件自動車は、イタリアで盗難に遭ったドイツ国内を復帰地とするドイツ登録車両であり、法例一〇条の準拠法である所在地法はドイツ法となると解すべきであるが、このことは、同条二項の物権の得喪(変動)があった場合の「目的物の所在地法」についても同様に解すべきである。前記認定のとおり、本件自動車はドイツを復帰地とする盗難車であり、《証拠省略》によれば、本件自動車の窃盗事件に関する捜査はドイツにおいて平成六年一一月ごろにも継続されていることが認められるのであり、その捜査内容には、当然ながら被害の回復方法として本件自動車の占有を確保して本来の復帰地へ戻すことも意図していたものと推認されるし、そもそも盗難などの違法な占有離脱を原因として本来の復帰地が変更することを安易に容認することは相当でないというべきである。したがって、本件自動車の所在地は、盗難によりドイツから所在が物理的に離脱しているとしても、なお本来の復帰地であるドイツにあると認めるのが相当である。

そこで、ドイツ法における即時取得の成否について検討すると、ドイツ民法に関する《証拠省略》と弁論の全趣旨によれば、ドイツ民法においては動産につき即時取得の制度を設けており、登録車両といえどもその目的となり得るものであるが、車両譲渡の即時取得については、「車両証書」の提示を受けなければ原則として重過失があると解釈されており、外国車の購入をドイツ国内で行う場合は、購入者は原則として「車両証書」の原本の記載内容を確認して譲渡者の所有権を確認する義務があるとするのが連邦最高裁判所の判例であって、ヨーロッパ連合での中古車売買でも同趣旨の取扱いをすることが取引慣行となっており、右確認義務を怠れば、即時取得の成立が否定されることになるものと解される。

さらに、ドイツ民法九三五条は、窃取された動産など所有者の意思によらずに占有が所有者等から離脱した場合は、即時取得の適用を排除していることが認められる。そうすると、ドイツ民法九三五条に規定する窃取された自動車と認められる限り、本件自動車には、即時取得による所有権の取得を認める余地はないこととなる。

前記認定によれば、本件自動車は、平成三年三月二九日にイタリアにおいて盗取されたものであるから、ドイツ民法九三五条にいう盗品に当たると認められ、本件自動車については、ドイツ法上の即時取得の対象にならないものと認められる。したがって、本件自動車につき即時取得による所有権取得をいう被控訴人の主張は、この点で理由がないことは明らかである。

六  なお、念のために、本件自動車の取引経過につきアラブ首長国連邦民法又は日本民法が法例一〇条の所在地法として適用されると解した場合における被控訴人らの即時取得の可否についても検討しておく(争点5ないし7)。

1  法例一〇条二項は、動産の物権の得喪は、その原因たる事実の完成した当時における目的物の所在地法によると規定するから、仮に本件自動車の所在地がアラブ首長国連邦に在ったと解するならば、同国における本件自動車の取引につき即時取得の成否を判断する場合には、同国民法が所在地法として適用される余地もある。

《証拠省略》によれば、インターオートは、平成三年三月二九日に窃取された後約一か月余の後に、ファックスのやり取りだけでアラブ首長国連邦のドバイ市にある中古車販売業を営むアイデアル社から本件自動車を代金八万ドル位で購入したと陳述するが、《証拠省略》によると、本件自動車が平成三年七月二五日に輸入者インターオートとして大森廻漕店の通関手続により神戸港に荷揚して日本に輸入されたことが認められるものの、本件自動車がアラブ首長国連邦に在ったものであることや同国から輸出されたものであることを認めるに足りる証拠はなく、《証拠省略》によれば、並行輸入業者は輸出者から輸出国での車両証書や自動車登録証を取得すれば輸入業者のもとでこれらを必ず保管するものであることが認められるのに、この点について斉藤四郎の陳述はあいまいであり、同人の陳述は全面的には採用できない。

《証拠省略》によれば、通関手続に必要な書類は、輸入申告書、輸出者からの送り状(インボイス)及び船荷証券(BL)等のみであることが認められ、また、《証拠省略》によれば、輸入車の日本における自動車登録には、輸入した者が作成する譲渡証明書、自動車通関証明書、自動車予備検査証を添付することで足りる取扱いであることが認められ、並行輸入業者は、輸入する外国車の所有権の確認、盗難車でないことの確認を怠ったり、ごまかしたりすることが可能であり、右の斉藤四郎の陳述を軽信して、本件自動車がアラブ首長国連邦に在ったものであるとか、アイデアル社が前所有者であると信ずるに足りる事由があったと認めることは困難である。《証拠省略》によれば、インターオートは、本件自動車を平成三年九月二六日に仁方モータースに売却し、同日同会社が予備検査を受け、翌日に興成自動車にこれを売却し、同会社からこれを購入した太田茂が平成三年一〇月一五日に新規車両登録をしたものと認められ、短期間の間に次々と外形上の権利者が異動しており、その取引に本件自動車の占有移転が伴っていたか定かに認められない者もいる。

2  《証拠省略》によれば、アラブ首長国連邦民法においても動産の善意取得の制度があることが認められ(同国民法一三一二条)、外国車を含めた自動車についてその適用を除外又は制限するという法令又は判例があることを認めることはできないが、盗品については三年間は所有者の返還請求権が保障されているから(同国民法一三二六条)、これを前提に解釈すると、少なくとも右の三年間は、本件自動車の所有権は原所有者にとどまり、善意の譲受人が即時取得により所有権を原始取得することはないものと解される。ところで、前述のインターオートの代表者である斉藤四郎は、乙二六において、インターオートが平成三年五月ごろ従前から中古自動車を購入してきたドバイの販売業者であるアイデアル社から本件自動車を代金八万ドルで購入して輸入しようとした際には、同社からの買付けをすべてファクシミリの送受信によって行っており、何ら外国車であることが明らかな本件自動車の所有権の所在を確認すべき譲渡証書、「車両証書」又は車検証等の提示、提出を受けていない旨を陳述している(なお、右斉藤は、アイデアル社が本件自動車について他の輸出自動車と同様に地元警察に車検証を提出して所有権確認の認証を受けている筈であるというが、その裏付けとなる現地作成の書証は何ら提出されておらず、前示のとおり盗難車であり外国車であることが明らかな本件自動車について地元警察が所有権の確認の認証を容易にするとはにわかに信ずることができない。)けれども、本件自動車がアラブ首長国連邦に在ったものであること、及びアイデアル社が本件自動車の所有者であると申述していたり、その所有権を証明する客観的書証等を提示していたことを認めることができないことは前述のとおりであり(本件自動車が国際的盗難車であることをごまかし、捜査の手をのがれるためその流通ルートを偽って仮装された疑いも払拭できない。)、本件自動車の取引に関してアラブ首長国連邦民法を準拠法として適用すべき確かな連結点があるとは未だ認め難い。したがって、インターオートがアラブ首長国連邦民法によって本件自動車を善意で購入し、即時取得したものと認めることは困難である。

3  次に、前記認定事実によれば、本件自動車は、平成三年九月二六日に仁方モータースが、同月二七日に興成自動車が、同年一〇月ごろ太田茂がそれぞれ売買によりその権利を取得したことになっていることが認められる。したがって、平成三年九月二六日以降、本件自動車につき即時取得が成立したか否かは、専ら日本法に基づいて判断すべきこととなる。

(一) 外国の登録車については、日本国の道路運送車両法上の登録がされていない限りなお即時取得の余地があると解すると、日本に荷揚げされた後には日本の取引慣行と登録手続に従って本件自動車の売買と登録手続がされているから、仁方モータース、興成自動車又は太田茂のいずれかが善意無過失であれば即時取得が成立する余地がある。被控訴人は、仁方モータース以降の取引当事者は善意無過失であったと主張するが、インターオートが車両証書等の書類をもって前所有者の所有権を確認したという事実を認めるに足りる証拠はなく、その後の仁方モータース、興成自動車、太田茂らは、いわゆる並行輸入の方法により外国からの所有権移転が適正であることを確認する書面を必ずしも取得することなく、通関手続に必要な輸入申告書、売主の荷送状(インボイス)、船荷証券あるいは銀行信用状を取得したのみで日本に陸揚げされた本件自動車を、日本の中古車売買と新規登録手続に必要な書類のみを入手して取引を行っているにすぎないと認められる。本件全証拠によるも、外国車であることが明らかな本件自動車についての日本国内の購入者らは、いずれも輸出した者の所有権を確認し得る車両証書等の書面の提示を受けていたことを認めることはできない。

(二) また、《証拠省略》によれば、高額な外国自動車等については国際的窃盗団が横行していること、それらの者が盗難車の車台番号、エンジン番号その他の部品番号等を改ざんする工作をし、外国等へ移動させる手段を取っていることが認められるから、そのような自動車を外国から輸入し、日本での登録が未了の状態で国内に販売しようとする販売業者は、右の番号の確認、番号の偽造、改ざんの有無などの技術的点検を十分にすべき取引上の注意義務があると解すべきである。したがって、いわゆる並行輸入によって日本での自動車登録を受けていない外国車を国内に販売しようとする業務を行う者は、少なくともこれが盗品ではないことを確認するのでなければ無過失とはいえないものと解すべきである。そうすると、未登録の外国車の国内取引における譲渡人の所有権の確認は、国内の販売業者の譲渡証明書のみでは足りないことは明らかであって、本来的には外国の製造者又は真正な前所有者による車両証書等の権利確認書の提示ないし写しの交付を伴う譲渡証明書等、あるいはこれを確認した旨の国内業者の信頼し得る証明書等によってなされるべきである。したがって、これらの書類を欠く取引については、譲受人についても無過失であるとはいえない。

(三) なお、日本民法においては、いわゆる所有権に関する公示方法である車両登録がされている自動車については、即時取得の目的とはならないものと解すべきところ(最高裁判所第二小法廷昭和六二年四月二四日判決・判例時報一二四三号二四頁参照)、太田茂が本件自動車の新規登録をした後は、ドイツにおける登録と二重登録となり、日本における登録の効力を法的にどのように評価すべきかの問題があっても、日本においては、登録車として即時取得の余地はないと解するのが相当である。

七  不当利得返還請求権について

控訴人の本件不当利得返還請求権については、法例一一条の規定により、日本民法が準拠法となるところ、前記認定のとおり、被控訴人には本件自動車の所有権を認定することができないから、被控訴人の購入後の本件自動車の占有使用は、日本民法により不当利得を構成するものと認めることができ、控訴人は、平成八年七月ごろに被控訴人を相手方として本件自動車の引渡し等を求めて、民事調停の申立てをし、本件自動車の所有権を主張していたから、その時から被控訴人は悪意の受益者であると認めるべきである。《証拠省略》によれば、本件自動車の使用料相当損害金は、同種同程度の車両のレンタル料金を参考にすると一か月少なくとも五〇万円を下らないと認められるから、その年額は六〇〇万円以上となるが、自動車の長期リース料は、右レンタル料より低額になるものと推認されるも、その額は、日本における自動車の減価消却期間が六年とされていることにかんがみると、本件自動車のような高額な自動車の場合、リース料は少なくとも年額一〇〇万円を下まわることはないと推認される。そうすると、被控訴人は、控訴人に対し右悪意になった後の平成八年七月二四日から本件自動車の引渡しに至るまで、年額一〇〇万円の割合による不当利得金の返還をすべき義務があることとなる。

八  控訴人の日本における登録請求について

以上のとおり、控訴人には本件自動車の所有権が認められるから、日本においてこれを保有する限り、日本法上の車両登録をすることも可であると認められる。前記認定によれば、太田茂の本件自動車についての新規登録以降の各移転登録は、いずれも所有権に基づかない無効の登録であったと認められるから、控訴人はこれらのすべての登録について抹消登録請求権を有すると解せられるが、真正名義を回復するための方法として、被控訴人に対して直接移転登録を請求する余地もないではない。しかしながら、前記認定のとおり、本件自動車がすでに本件自動車の本来の所在地であるドイツにおいてドイツ国法上の登録を受けているのであるから(登録番号・HU―WE六六六)、右の登録が抹消されない限り、判決で控訴人に本件自動車につき所有権の移転登録請求を認容することは、国際的な二重登録を認める結果となる。前示のとおり、本件自動車の物権の準拠法はドイツ法であり、登録請求権も物権的請求権の一態様であるとみるべきであるから、ドイツ法に従ってその成否と効力を判定すべきところ、ドイツ法においては既に自国において登録されている自動車について外国における二重登録することを許容しているとは認められないので、控訴人の本件登録請求権は、ドイツの登録が抹消されない限り、これを認容することはできないものと解する。

九  代償請求について

《証拠省略》によれば、本件自動車は一九八九年九月二九日にドイツで新規登録されたものであるところ、日本においては減価消却の期間は六年として取り扱われているが、同車種の中古車市場の小売価額は、一九八六式の走行距離七・三万キロメートルのものが平成九年一一月の時点で一九五万円、同年式の走行距離七・一万キロメートルのものが平成一〇年一二月の時点で一九八万円とされており、一九九〇年式のものがいわゆるレッドブックにおいて小売価額五〇〇万円(卸売価額二五〇万円)であるとされていることが認められるから、これらの価額から推計すると、新規登録から約一二年弱を経過している本件最終口頭弁論期日時点における本件自動車(一九八九年式)の中古車価額は、少なくとも二〇〇万円を下らないものと推認することができる。したがって、これらの事情により、本件自動車の代償金の価額は二〇〇万円と認めるのが相当である。

一〇  結論

以上によれば、控訴人の本件請求は、本件自動車の返還と平成八年七月二四日から右引渡済みまで一年当たり一〇〇万円の割合による金員の支払、右引渡し執行が不能である場合は代償金として二〇〇万円の支払を求める限度で理由があるからその限度で認容し、その余は失当であるから棄却すべきである。

よって、控訴人の請求を全部棄却した原判決は不当であるからこれを取り消すこととし、控訴人の請求を右の限度で認容し、その余を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鬼頭季郎 裁判官 慶田康男 廣田民生)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例